気取った道化に価値は無い 目隠しをされ両腕を手錠を付けられた状態で部屋から連れ出された。 両腕を掴まれて歩いた挙げ句、(多分)車の後部座席に座らされる。なんで車だとわかったかと言えば、ぐいんと走り出したからで、車種だのなんだのはさっぱりわからない。 左右を挟まれた状態で『何処行くの?』と聞いてはみたけれど、全員が黙秘権を行使中らしい。暴れてもどうしようもないだろうし、元より面倒臭いので大人しくしておいた。度胸が据わるのは、やっぱり無敵なお仕事のせいだろう。人間色々とやっておくもんだ。 そうして狭い場所で身体を密着させていれば、鼻がムズムズする。 誘拐犯の服が辛気くさい…じゃなくて、線香臭い。職業的なものではないだろうから、浮かんだ答えは『お葬式』だった。 ふうん…。 何かが思考の端っこに引っ掛かり、それを詰めようとした矢先に車が停車し降ろされた。そのまま階段を降りさせられ、座らされる。 そうして初めて、目隠しが取られた。 眩しいかな…?と恐る恐る薄目を開ければ、結構薄暗い場所だ。日光が遮断された部屋で照明もついていないから、光源は電話をしている男の携帯の灯りだけ。自分を囲んでいる(恐らく普段も)強面だろう男達をいっそう迫力ある顔に仕立てていた。 「え〜と、僕に何の用かな?」 今度は質問の方向性を変えてみる。返答の替わりによく用いられるありがちな脅しに替わりに、成歩堂の耳に携帯が当てられた。 『どこへやったの?』 口調は柔らかいが、権威的で成歩堂が嫌いなタイプの声だ。好きなタイプは…などと考えて浮かぶ顔に思わずにやけた。頬が緩む。 「…質問が不明瞭すぎるよ、僕が何を何処にやるの?」 緩んだままで答えたせいか、声がふにゃりとなった。脳内の響也くんが僕を誘惑するからだ。メッ…と妄想を叱咤しておく。 『…貴様、わかってるんだな?』 その欲望にふやけた声を、相手は余裕と受け取ったようだ。何をと聞いたところで、答えが返ってこないのはわかった事。 成歩堂は沈黙保つ。 『あんなもの一通でどうにかなると思っているのか!? 何故わかったのかは知らないが、ただの婆さんの戯言だ! 素人が上手く立ち回ろうとしても痛い目をみる。さっさと隠し場所を答えた方が身の為だぞ!!』 その上、何をどう勘違いしたのかはわからないが、一人で興奮し、成歩堂を怒鳴り、脅しつけた。勿論こんな事で怯むような精神は成歩堂の中には存在しない。 寧ろ、成歩堂の脳味噌を冷やし、話の内容を咀嚼する時間を作ってくれた。これまでの経緯。電話で告げてくる内容。全ては、一本のロジックで繋がってるはずだ。 「……アンタ達が探してるのって、ひょっとしてガリュー・ウェーブ宛のファンレター?」 こっそりと問うてみれば『白々しい』と嘲られた。それと同時に、成歩堂の態度に電話の相手も考える所がある様子で、暫くの間沈黙が続いた。 『…なるほど、そういう事か。だったら、直接話しを付けるまでだ。おい!』 最後は成歩堂にではなく、携帯を成歩堂の耳に押し当てている奴に聞かせたかったらしく、鼓膜の奥まで痺れる音声だった。キーンとなる耳に辟易している成歩堂の身体に男達に手が這わされる。 探る指先が気色悪い。そんな趣味は勿論あるけど、こっちにだって好みはある。 この場に相応しくない憤慨を感じている成歩堂から、やっと手が離れた時に握られていたのは自分の携帯だった。薄暗くてもディスプレイが発光していたので間違いない。 「おい、大事に扱ってくれよ。年代モノなんだ。」 成歩堂の声に、不機嫌そうに顔が歪み、『黙ってろ』とドスの聞いた返事がくる。 そうして、数人いた男達は成歩堂を置き去りにして部屋を出ていってしまった。 ひょっとしてと背後に視線を向けてみる。闇に慣れた目は、やっと周囲の様子を写し出す。台車に乗ったパイプ椅子が山程と、会議場なんかで使用する机も詰まれていた。窓らしきものは見当たらないから、倉庫かもしれない。 それでも期待していた(成歩堂ひとりきり)という訳ではなかった。見張りらしき男が扉の前に立っていて、こちらを睨んでいる。ニコリと愛想嗤笑いを向けたにも係わらず、友好的な雰囲気にはならず仕方なく顔を戻した。 …暇になってしまった。 パイプ椅子に座ったままで、何をする訳でも、される訳でもない。 首謀者が直接顔を出す気がない以上、探しものを見つけるまでは生かされている可能性が高い。今暴れるのは得策ではないと思える。 そう言えば、素人って言ってたっけ…。 普通のヤクザさんなら(カタギ)って言うところだから、それも引っ掛かる。暴力で無理矢理聞き出さないってのも妙に感じた。 要領を得ない自分から携帯を持っていったって事は、誰かに連絡を付けるつもりだろう。元マネージャーじゃないってバレたら流石にヤバイかなぁ…。 っていうか、彼と間違われて連れて行かれたって知ったら、響也くん心配するかもしれない。 でへ…。 涙を潤んだ碧眼に溜めて、眉を歪めながら自分の名前を呼ぶ綺麗な貌を思い浮かべた途端に緩む口角。…我ながら終わってるなぁと成歩堂は苦笑した。 自分は本当に役立たずだったらしいと改めて思ったのは、再び目隠しをされ車に乗せられた時だった。あの遣り取りの後は完全に放置プレイだった。 どれほど監禁されていたのか…はわからないが、一日も経ってはいないだろう。 さほどお腹が空いていない事を思えば、せいぜい半日かもしれない。 連れてこられた時と同じ手順で運ばれる。話し掛けてはみたものの、無視されるのも全く同じだ。違う事と言えば、降りろと告げられた場所が、拉致された場所ではないらしいという事だけだ。 喧噪は聞こえてくるから街中のようだと推測出来るが、何せ成歩堂の目は布で覆われている。特定する事など不可能だ。 腕を左右から掴まれて歩かされていくと、自分の名を呼ぶ声がした。 「成歩堂さん…!」 その声に、成歩堂は息を飲んだ。一連の出来事で、初めて大きく心臓を鳴らした。背中に嫌な汗が流れ出してくるのを感じる。 余裕の気持ちはこの瞬間に粉々に砕け散っていた。 心の何処かに、楽観視する気持ちがあった。ガリュー・ウェーブ宛のファンレターが、絡んでいても、よもや現役の検事に対して直接仕掛けてくる事はないのではないかと。そんな認識の甘さに、成歩堂は歯噛みをするほどに後悔をした。 足音が近付く。ふわりと香るフレグランスが、響也だと確信させる。 そうして、自分を抑えつけていた手が離れたと思った瞬間、ギュッと抱き締められる身体。目隠しされているから余計に彼の機微が伝わってくる。小刻みに震える指先。耳元に落とされる小さな息。柔らかな髪の感覚。 「良かった…無事で…本当に良かった。」 喉に詰まる声が切羽詰まっていて、成歩堂の思考を停止させた。 「響也く…。」 「静かに聞いて、側におデコ君と御剣さんが隠れてる。開放されたら直ぐに彼等と合流して。」 小さく声が落とされ、その後は沈黙が続いた。 身体の前に手錠によって繋がれた手が、響也の体温を感じた。自分と響也の身体に挟まれた手は圧迫される事によって、いっそう響也を感じさせる。表情が、姿が見えない事がもどかしい。 「おい…早くしろ。」 声と共に、手が感じていた圧迫感がやわらぐ。 「触るな、自分で歩ける!」 強気に言い放ち、離れていく身体に背筋が凍る。引き留めようと伸ばした腕は、周囲にいた連中に抑えつけられた。 離れてしまう、響也の身体が感じられない。 咄嗟に暴れ出そうとした成歩堂の鳩尾に痛みが走る。男達の誰かが腹部に膝を蹴り入れたのだろう、溜まらず地面に膝を折った成歩堂を背中から抑えつけて来た。 「っ…響也く…!」 何処にいるかもわからない彼に叫ぶ。しかし答えは無かった。足音も聞こえない。 もう、響也は何処にもいない。 何とか起きあがろうとした背中に、もう一度衝撃が走る。空気を取り込む為に息をする事すらままならず、激しく咳き込む成歩堂から手錠と目隠しが外される。それでも、直ぐに身体を起こすことは出来なかった。 嘔吐しそうになる身体を叱咤して起きあがった時、成歩堂の視界に写ったのはこちらへ走り寄ってくる王泥喜と御剣の姿だけだった。 〜To Be Continued
content/ next |